男と香りの思い出

匂いが運ぶ愛の記憶 香りには数多のドラマがある。

私は写真を一切撮らなかった。
生きるの死ぬのと大騒ぎした、人生で初めて「結婚したい」と願った大好きな彼とのそれは旅行で、場所も以前から行きたかった中東で、これが彼との最後の旅になるという予感が既にあったというのに。

 

当時28歳だった私は、「写真など結局手元に残らない」となぜかぼんやり思っていた節がある。案の定、しばらくしてその彼とは別れ、私は次の恋愛や結婚を機に昔の彼の写真を捨てたのでそれは正しかったのだが、私が写真を撮る必要が無かった本当の理由は、自分の記憶の中に彼との旅の全てを残しておける方法を他に知っていたからだった。

 

それから10年が過ぎて38歳になった私は、仕事と育児に追われる毎日を過ごしていた。忙しいけれど単調でもある生活。でも、それでいいのだ。ドラマティックな人生と安定した幸せはそもそも両立できないし、私は安定した幸せを取り、より幸せになる為に安定を強化してきた。望んだからこそ今がある。だから我が人生に悔いなし、である。

 

猛暑の記録が更新されていたある夏日。30代になってから何度目かのそんな反すうを終え、夕飯の支度用の買い物袋を両手に下げて交差点を渡ったその時、すれ違った見知らぬ男性から僅かなファーレンハイトの香りがした。28歳の時大好きだった彼が、あの旅行中にずっと付けていた香水である。そのすれ違い様のほんの数秒で私は、問答無用に10年前に引き戻される。アンカラの50度を超える気温が、市場の喧騒が、モスクの美しいタイルが、朝に鳴り響くコーランが、旅の間中ずっと笑顔だった彼が、お別れしたくなくて、引き裂かれそうだった私の気持ちが、容赦なくドラマティックに迫り来るのだった。

 

匂いが運ぶ愛の記憶におののきながら、でも、時を超えたからこそ解るお別れの意味やその後の人生が展開していったこと全てに感謝しかなく、私は再び前を向いて歩き出す。どうか彼も今、幸せでありますように、と勝手に願いながら。

 

・・・・・・・なーんちゃって。

 

長々とフィクションを書いてみましたが、所々はフィクションでも無く、独身時代はよく旅行中にカメラを持たずに香水を新調して出かけたものです。(今は子供がいるので撮りまくっておりますがw)そして、その香りを嗅ぐと、今でもありありとその旅行中の事を思い出せたり致します。

 

私は薄情者なので、元カレとばったり再会した時に彼のフルネームを忘れてたことがあるのですが、香りの記憶がある人だけは思い出せる自信があります。それは私が麻薬犬なみの嗅覚を持っているから、という訳でもなく、嗅覚から想起される記憶は、他の感覚器に比べて圧倒的に正確で、尚且つ情動的であると、心理学や神経科学の分野でも明らかになっているそうです。情動的だからこそ、恋愛の記憶に紐づきやすいのかもしれませんね。

 

最近は自然派志向と言いますか、なかなか「香る男」に出会えるチャンスがございません。私のような「香りフェチ女」にとって「良きかほりの男性」は実際より確実に2割増しに映ります。また、街で「いい男」には振り返りませんが、「良い匂いの男性」には思わず振り返ったりも致します。ところがここ15年ぐらいで街からだいぶ「香水をつけている男性」が減りました。振り返るチャンスがなかなか来ないので寂しい限り。

 

確かに、所かまわずバシャバシャ大量に付けていたり、清潔を保たない上でトッピングしてしまうと立派なスメルハラスメントになってしまいますので注意は必要です。ただ、40歳を超えた大人の男なら、そろそろTPOに合わせた香りをアクセントとしてまとえるお年頃なのではないでしょうか?鮨屋ではつけないとか、量を調節するとか、匂いの好みとか、付き合った過去の女性達の香りの記憶から学んでいる事が多い筈だからです。

 

香りにはドラマがあり、思い出があります。

 

男性らしい肉体も、仕立ての良いスーツも素敵だけれど、
大人の男が放つ色香の一つとして嗜まれてみてはいかがでしょうか?

川崎貴子

川崎貴子

リントス株式会社代表取締役

リントス株式会社代表取締役。1997年に女性に特化した人材コンサルティング会社ジョヤンテを設立後、1万人を超える女性をフォローしてきた。「女性マネージメントのプロ」との異名を取る。メディア取材執筆多数。婚活結社「魔女のサバト」、共働き推奨 婚活サイト「キャリ婚」(https://carricon.jp 男性完全無料)主宰。 著書に『我がおっぱいに未練なし』(https://www.amazon.co.jp/dp/4479783997 大和書房)、『愛は技術 何度失敗しても女は幸せになれる。』(http://www.amazon.co.jp/dp/4584136335 ベストセラーズ)、『モテと非モテの境界線 AV監督と女社長の恋愛相談』(https://www.amazon.co.jp/dp/4062729458 講談社) 、『結婚したい女子のための ハンティング・レッスン』(https://www.amazon.co.jp/dp/4862804829 総合法令出版)、『私たちが仕事をやめてはいけない57の理由』(http://www.amazon.co.jp/dp/447979493X 大和書房)、『上司の頭はまる見え。』(http://www.amazon.co.jp/dp/476319707X サンマーク出版)がある。ブログ「酒と泪と女と女」など連載も多数。12歳と5歳の娘を持つワーキングマザー。