薩摩琵琶という楽器の未来 其の一

音楽は創造を止めない。音楽は多種多様な発想や解釈が許される無限のエネルギー体そのものである。

川のせせらぎや鳥のさえずり、街の雑踏、耳元のささやき、
その周囲に存在するすべての音が作曲家の求める創作意欲の衝動であり、
そこから抽出したリズムや絶妙なハーモニーが見事に紡ぎ出され、美しい音楽となる。

 

非常識から常識が生まれ、革新が時を重ねて受け入れられ、市民権を得た後にそれが伝統となり、
繁栄と衰退を繰り返し現在に至るとすれば、それを踏まえた上で100年後の音楽はどうなっているのであろうと考える。

 

はたまたそれを繰り返しているだけなのか?新たなテクノロジーは新しい音楽を創造するのであろうか。
今日音楽はシンプルではなくイージーに音を扱う事が出来るようになり、その専門で無くともテジタル技術とインターネットにより誰もが気軽に作れる環境も整い、音楽のあり方も変わった。

 

未来に現代の音楽はどのように扱われるのだろうか?

 

当然「クラシック」としてアーカイブされていることだろう。
録音や映像などは大量に残されているし、今よりも自由に扱うことができるはずだから、「当時どのような演奏がなされていたのか?」という問いには簡単に答えることができる時代。
楽器を用いた「演奏」という概念は、今後も人間によってリアルな楽器を使って表現されるのだろうか?
それとも、人工知能のシステムに則って、「無菌室」的な環境の中でバーチャルに再現されるのだろうか。

 

 初音ミクなど、メロディーと歌詞を入力することでサンプリングされた人の声を元にした歌声を合成することができる、VOCALOIDボーカロイド(ヤマハが開発した音声合成技術、及びその応用製品の総称。略称としてボカロという呼び方も用いられる。)の曲をカラオケで熱心に歌う若者たちを目の当たりにしたその時の感覚は、40代の演奏家としてはまさにカルチャーショックであったが、果たしてそれが文化となり得るのであろうか・・・

 

とは言いつつも、 クリエイティブな世界に信憑性を問う程老いさらばえてはいないが、この現実を受け入れつつ己の立ち位置と立ち姿を再確認し、更に磨きをかける事象の一つとして捉えていく勇気が今問われているのだろう。

 

 薩摩琵琶には未来があると信じて。

鎌田薫水(カマダ クンスイ)

鎌田薫水(カマダ クンスイ)

薩摩琵琶奏者

藍綬褒章授章者である雨宮 国風に詩吟を師事。 田中井 琇水に薩摩琵琶を師事。二代目薫水を襲名。 大久保利通公135回忌慰霊祭奉納。 大山阿夫利神社 磐長姫鎮座祭式奉納。 大和市文化芸術賞賜。日本琵琶楽コンクール優勝。 文部科学大臣奨励賞・NHK会長賞受賞賜。 日本コロムビア全国吟詠コンクール優勝。 上海万博日本館演奏。国立劇場出演等。 GOODLOVIN’としてソニーレコードからデビュー。 CHEMISTRYさんに楽曲提供そしてLIVEツアー参加