W杯最終予選スタート。不安の中で思い出す、Jリーグ元年の大フィーバー。

“悲劇”も“歓喜”も味わって……

サッカーW杯ロシア大会のアジア最終予選がスタートしました。が、日本代表はその第1戦でUAEに1-2で敗れています。ここからの立て直しも効くとは思いますが、一方で「初戦で負けたチームは予選突破できない」というジンクスも気になってしまうところ。

 

1998年のフランス大会以降、すべてのW杯に出場している日本代表ですが、それ以前は出場歴なし。1993年の“ドーハの悲劇”では、予選最終節の試合終了間際、同点ゴールを決められてW杯出場権を逃しています。この試合をリアルタイムで知っている30代以上の人たちの中には、W杯予選となるとどうも安心できないというか、妙な怖さを感じるという人もいるのではないでしょうか。「W杯に出られない日本代表」というものを、事実として、あるいは皮膚感覚として実感しているわけです。

 

“ドーハの悲劇”があった1993年は、Jリーグがスタートした年でもありました。これも時代の熱気を実感していないと分かりにくいかもしれませんが、Jリーグはプロ野球など従来のスポーツよりもオシャレというのかポップというのか、とにかく試合を見ること自体がイベントとして大人気に。まだ景気がよかったこともあって海外の有名選手も次々と来日。三浦知良やラモス瑠偉といった選手たちはタレントばりの人気を誇り、数多くのCMに出演することにもなりました。

 

もうジャンルとしてイケイケの怖いものなし状態。そんな日本サッカーが、そしてサッカーファンが味わってしまったのが“ドーハの悲劇”だったわけで、そのショックは計り知れないものがあったのです。

 

ただ、その悲劇があるからこそ日本サッカーは強化を重ね、4年後には“ジョホールバルの歓喜”と呼ばれる劇的な勝利でW杯初出場の切符を掴むことになりました。かつて日本サッカーが悲劇も歓喜も味わったアジア最終予選。果たして今回の結果は……。

橋本宗洋

橋本宗洋

フリーライター

1972年、茨城県生まれ。格闘技、プロレスなどを中心に執筆。たまに書籍の編集や映画の取材も。アイドルのライブに行ったり深夜ラジオ聴いたりで、好きなものが中学生の頃からあんまり変わってない40代。