資産運用のリスクをイメージする

Xデーは近づいている

20XX年、青空が美しいよく晴れた夏の日のこと、とある金融機関にお客様から怒りに満ちた1本の電話がかかってきました。

 

顧客「私がなけなしの資産で買ったABC米国株投信だが、40%も下がっているじゃないか。いったい何が起きたんだ。あんたが絶対に下がらないと言うから、それを信じて買ったんだ。どうしてくれるんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。この嘘つき。どう責任を取るつもりだ。元本はもちろん保証してくれるよな」

 

担当者「アメリカでバブルが弾けて、リーマンショック級の下げ幅になっています。世界中の投資家が一刻も早く現金化すべくあらゆる金融商品を投げ売りしており、それが価格の大幅下落に拍車をかけているようです。私としてもこんなことは初めてでして、まったくもって想定外のことです。お客様には大変ご迷惑とご心配をおかけして申し訳ありません。しかし、ご購入時にご説明させていただきましたように、投信は元本保証ではありませんので……」

 

顧客「下がった理由なんてどうでもいい。言い訳はやめろ。これだから投資は嫌いなんだよ。初めから怪しいとは思っていたんだ。あんたに騙されて投信なんて買わなければ良かった。もうこりごりだ、一生投信は買わないぞ。周りにも投信なんて絶対に買うなとアドバイスするからな」

 

お客様は投信に憎悪さえ覚え、金融機関では要フォローアップ対象者のリストが作成され、説明と謝罪をすることになります。投信を販売した担当者は、お客様からまるで詐欺師のような言われ方をし、心身ともに疲弊します。こんなことになるなら、もう二度と投信なんか販売しないと思うかもしれません。仕事を辞める人さえ出るでしょう。

 

相場が一本調子で上昇し続けることはありません。それは歴史が証明しています。何がきっかけでこの“Xデー”を迎えるかまでは分かりませんが、その時はいつかくるはずです。

 

この金融機関の担当者も、もちろん絶対下がらないとは言っていません。「リスク」について定められた手続きに則り、きちんと説明していました。

 

それでもなお、投信などの金融商品はクレームにつながりやすいといえます。それは「リスク」について顧客と販売側が共通の理解を持てていないからだと言えます。

金融商品の特殊性

金融商品は普通の商品とは異なり、価格が変動します。考えてみると、これはかなり特殊なことです。例えば、ランチ用にお弁当を買っておいて冷蔵庫で保管するとしましょう。普通に考えれば、お昼休みになって冷蔵庫を開ければお弁当はちゃんと残っているはずですよね。しかし、金融商品は弁当と違って、減っていたり増えていたりするのです。増えていれば嬉しい誤算ですが、減っていたら楽しみにしていたランチタイムが台無しです。

 

金融の世界では、リスクとは不確実性や変動性を表します。変動幅が大きいことを「リスクが大きい(高い)」といい、逆に変動幅が小さいことを「リスクが小さい(低い)」といいます。下がることだけをリスクというわけではないのです。株式で考えてみると、リスクが大きい(変動幅が大きい)と、株価は下落する可能性もありますが、その分だけ上昇する期待も持てることになります。つまりリターンが得られるのです。リスクが小さい(変動幅が小さい)と、下落する可能性は低いかもしれませんが、その分だけ上昇する期待もあまり持てないことになります。当たり前のことですが、「大きなリターンを得たければ、それなりのリスクをとる必要がある」ということを理解しておく必要があります。要するに「フリーランチ(タダメシ)」はないのです。

リスクをイメージする

たとえば冒頭のABC米国株投信のケースで考えてみると、以下のような説明が担当者からあればクレームになる可能性が抑えられたかもしれません。

 

ABC米国株投信に100万円投資すると、1年後に109万円になることが最も期待され、以下のようなリスクがあります。これは、過去のデータから統計的手法で算出することができます。

 

1.100回に68回程度は、96万円〜122万円の振れ幅になることが予想されます。

 

2.100回に37回程度は、83万円〜135万円の振れ幅になることが予想されます。

 

3.100回に4.7回程度は、70万円〜148万円の振れ幅になることが予想されます。

 

4.100回に0.3回程度は、70万円よりも値下がりしたり、148万円よりも値上がりすることも予想されます。

 

冒頭の「怒り心頭の電話」では投信が40%下落したとのことですので、例えば100万円は60万円になってしまったということです。これは100回に0.3回程度という確率的には「ほとんど起こらない」はずのことではありますが、実際には起きてしまいました。

 

しかし、「こんなに下がるとは思わなかった、そんなの聞いてない」という言葉がお客様の口から出たということは、このお客様は真の意味でリスクについて理解していなかったということです。逆に販売側は、それをお客様が理解しているかどうかを確認していなかったということでもあります。

 

冷静でいられないということは、自分で許容できないリスクをとっていたということです。リスクは、手に汗握らない、ヒヤヒヤしない、冷静な判断ができる範囲内でとることが重要です。儲かりそうだというプラス面だけでなく、損をするマイナス面についても頭の中でしっかりイメージし、それに耐えられるかもイメージすることでトラブルを防げるのではないでしょうか。

 

リスクなんか取らなくても良いという方も多くいらっしゃると思います。もちろんリスクをとらないと決断することも一つの考えです。しかし、「リスクを取らなければ果実は絶対にない」そして「リスクを取らないこともリスク」ということを理解することも重要なのではないでしょうか。

 

例えば、「銀行預金」は金融商品の一種で、通常リスクは極めて小さいと考えられます。しかしリスクは「ゼロ」ではありません。例えば、銀行が破綻したらどうなるでしょうか。預金保険での保証は1000万円以内なので全額が保証されるわけではありません。また、預金利息をはるかに上回る急激なインフレ(物価の急上昇)に見舞われたらどうなるでしょうか。こうしたことが発生する確率をどう見積るかは個人の判断です。もしこういった状況が発生し、そのときに大きな損を被っても、「聞いていない、知らなかった」というわけにはいきません。銀行に預けておくという決断をしたのは他でもない自分自身なのですから。

 

日本では「資産運用」や「資産形成」という概念が広まっておらず、そもそもそうしたニーズは小さいと言わざるを得ません。従って、残念ながら販売員に促されなければリスクのある金融商品は売れないというのが実情です。販売員はいかに儲かりそうかをアピールする「セールストーク」を展開します。それでも資産の運用を考える皆さんには、リスクがまったくなく儲かる「オイシイ話」はないし、「魔法の杖」もないということを分かっていただきたいと思います。自分が許容できる範囲内でリスクをとり、儲かったときだけでなく、損したときのイメージもしっかり持つことが大切なのではないでしょうか。

野水 瑛介

野水 瑛介

マネックス・セゾン・バンガード投資顧問 取締役兼営業部長

慶応義塾大学経済学部卒業後、JPモルガン・アセット・マネジメントに入社。銀行や証券会社を担当する投資信託営業に従事。その後ロンドンオフィスに駐在しジャパンデスクとして東京オフィスとのリエゾン業務を担当。帰国後、当時最年少でチームマネージャーに就任。2016年2月にマネックス・セゾン・バンガード投資顧問に参画。「ゴールベースアプローチ」に基づき、「資産運用のあたりまえをあたりまえに」するべく、執筆や講演活動を展開中。