師走のミラノ…

師走のミラノ… 凍てつき息が白く、手袋なしではいられない真っ暗な夜。 そして、毎年12月7日に世界のオペラの最高峰に位置するスカラ座の シーズンオープニングの夜を迎える。

師走のミラノ…
凍てつき息が白く、手袋なしではいられない真っ暗な夜。
三角形の屋根が特徴の、中世の歴史的教会である
聖サンタンブロージョ教会の周りの小径に、
裸電球がまぶしい骨董品の夜店が所狭しと路をふさぐ。
12月7日の風物詩だ。

 

また、ミラノのドゥオーモ、ミラノを象徴するゴシック様式の
幾つもの塔が天を貫くように立ってる真っ白い大きな教会は、
夜になると下からライトアップされ、
そのドゥオーモ広場には、毎年これまた30mにも及ぶ本物の大きな
クリスマスツリーが立てられる。

 

そして、毎年その日に世界のオペラの最高峰に位置するスカラ座の
シーズンオープニングの夜を迎える。
オープニングの7日は、スカラ座の前と広場は人で一杯になる。
正面玄関には、光沢ある黒色の車が次々と横付けされ、タキシード姿の
紳士、豪華なドレスの淑女たちが下りて来る。
大統領、政界人、有名人、などなど彼らを見ようとする人たちでごった返すのである。
しかし、歌手やオーケストラ、指揮者、劇場側にとっては、
恐怖の時を迎えるのである?!
なぜなら、世界で一番怖い天井桟敷の客たちが手ぐすね引いて、この時を迎えているからである。
演奏、歌手が素晴らしければ、それこそスカラ座の天井が落ちんばかりの大ブラボー、大歓声と
大拍手。しかしその逆の場合は、天井が落ちんばかりの大ブーイング。
世界の超一流歌手たちが小刻みに手を震わせて緊張しきっている様が、終幕が下りるまで続くのである。

 

天国か地獄か、今年はヴェルディ作曲「ジョヴァンナ・ダルコ」(ジャンヌ・ダルク)が
上演されたようである。
情報によれば、大成功、舞台はレンブラントの絵画のような
ライティングの陰影表現が素晴らしい出来映えになっている。
マリア・カラスの時代のような大歌手たちがいない現在、
演出でその作品力をアップして全体としての成功を
目指すしかないのかもしれない。

 

そうそう、僕もミラノに行ったばかりの頃は、
天井桟敷のチケットを買うために奮闘したものである。
しかし、毎年逢う天井桟敷の常連たちとそのうちに仲良くなり、
オペラ談義に燃え、オペラを勉強しに日本からミラノに来たと話すと、
皆一様に驚き、励ましの言葉を頂いたものだ。

 

また、この時期ミラノの名菓子パネットーネ(大きなパン)という日持ちのする
パンケーキみたいなものがどの店、スーパーでも売り出される。
年末年始になると、どこの家でも朝はこのパネットーネ、昼もおやつはパネットーネで、
仕舞いには見るのも嫌になったものだ。
でも、懐かしい食べ物である。この時期になると、
今でもついパネットーネを探している自分が可笑しくなる。

 

霧が多いミラノの夜。耳まで温かくしてパネットーネをかじりながら、
ドゥオーモ広場の大きなクリスマスツリーを横目に、
高級カフェ店が連なるガッレリーアを早足で抜けて、
スカラ座に通った毎日、そんな日々が懐かしい。

ピーノ松谷

ピーノ松谷

オペラ・リリカポップ歌手・演出家

国立音楽大学卒業。 イタリア国立ミラノ・ヴェルディ音楽大学男声首席卒業。 ミラノ市立音楽院マスターコース修了。 15年に渡りイタリアに住み、ヨーロッパ中で様々なオーディションに合格し、多くのオペラやコンサートに出演。 また、イタリア国立ミラノ・ブレラ・アッカデーミア美術大学舞台美術科修了。スカラ座演目の手伝いなどもする。 在伊中、雑誌「音楽の友」海外特派委員として執筆、その他「グランドオペラ」別冊「太陽」、スカラ座来日プログラム、藤原オペラ、第一線の来日歌手プログラム等、執筆活動もする。   日本オペラ界からの招聘帰国後、昭和音楽大学、日本オペラ振興会(藤原歌劇団)オペラ歌手育成部講師、日本オペラ界の登竜門のコンクールの一つである公益財団法人江副財団リクルート奨学金声楽コンクールに五十嵐喜芳先生から審査委員として要請を受け、7年間審査委員を務める。   現在、声楽家、オペラ総合芸術舞台演出家、PICCOLA BOTTEGA DEL TEATRO(ピッコラ・ボッテーガ・デル・テアトロ)主宰・総監督、STUDIO PINO I (発声、声楽、オペラ、ポピュラー、作曲家別オペラ伴奏法・カンツォーネ、シャンソン等、語学研究所)主宰。ヨーロッパでオペラ、コンサート、近年リリカ(オペラ)・ポップ歌手としてもヨーロッパでコンサートに出演。